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セグロセキレイ

氷結した湖面の上で飛び歩き回っていました。氷上の踊り子に見えました。

セグロセキレイ(背黒鶺鴒、スズメ目セキレイ科)は、頭から肩、背にかけてが濃い黒色で、腹部が白色で胸部は黒色。ハクセキレイと見分けがつきにくい場合があるが、本種は眼から頬・肩・背にかけて黒い部分がつながるところで判別できる。

セキレイ(鶺鴒)といえば、鶺鴒を図案化した花押の伊達政宗が有名ですね。豊臣秀吉とのやりとりで「自分の花押には眼の部分に針で小さな穴を空けてある、目に穴のない花押は偽物である」と釈明している話が有名ですね。

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何?

風と水と寒波の造形物

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小鹿山伝説

志高湖の東に聳ゆる小鹿山は、平安朝の高僧革聖人行園の発心の地です。
寛弘元年聖人が京都に上がった時、一条天皇は革聖人と崇め給い、御堂を建て御下賜になり、勅願所と定められました。聖人は故郷の発心の地を記念し、小鹿山行願寺と名づけました。

当初、今の上京区にあったが、移転と焼亡を繰り返し現在地に移り、今は霊鹿山行願寺(れいゆうざんぎょうがんじ)と号する天台宗の寺院であり。西国三十三カ所観音霊場の第19番札所です。通称名称を革堂(こうどう)と言い、住所は京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町17です。

その昔、志高湖の車道からの入口附近に、この小鹿山の史実を記した案内板がありました。
「元享釋書 革堂縁起に曰く革堂は小鹿山行願寺と称し、一条天皇の寛弘二年十二月十一日、革聖人行園の創立なり。行園は豊後国速見邑の人にて、在俗の日、小鹿山において一頭の牝鹿を射たるに皮破れて子鹿あらわれたり。牝鹿はおのれが痛手をも忘れ、これをなめまわしつつ落命せり、この情景にいたく感動し発心して仏道に入り、常にその鹿皮を着て諸国を修業し、寛弘元年京都に至る。一条天皇ならびに都の人々は行園を革堂聖人と呼んだ」と記されていました。

志高湖の入口付近に立ち東を望むと見える小鹿山です。

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志高湖から歩いて30分ほどで小鹿山の頂上まで行くことが出来ます。

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今でも、鹿が水を飲みに志高湖に現れます。これは12月の時の画ですが鹿が残していった糞です。

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透明な氷と白濁の氷

画の湖面は左右とも凍っています。左は白濁していますが、右は透明な氷です。透明な氷を作るには、①純粋の水を使う②ゆっくりと凍らせる③水を動かしながら不純物を飛ばして凍らせる。ことだそうです。右側はたぶんゆっくりと凍っていったのでしょう。白濁するということは水に溶けている空気が氷結に伴って気泡となるために、白濁した氷になるのです。急速に凍らせると、気泡が外に逃げ出す前に凍り付いてしまうので、白濁します。 そこで、気泡が逃げ出せるようにゆっくりと凍りつかせればよいのです。

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下の画は透明な氷を通して、水底の葉や石、木が凍りついている様子が見えます。 110123a

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コブ白鳥の飛翔

志高湖に居る白鳥はコブハクチョウ(瘤白鳥、学名:Cygnus olor)と言い、カモ目カモ科ハクチョウ属に分類される鳥類で、白鳥の一種です。全長約150cm。雌雄同色であり、全身白色の大型の水鳥である。扁平なくちばしはオレンジ色。くちばし上部の付け根に黒いコブのような裸出部があり、名前の由来になっている。

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白鳥が飛ぶ時、羽を動かすとワッサワッサと音がします。あの巨体を浮かせているわけですからね。

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ジョウビタキ

ジョウビタキ(スズメ目ツグミ科)のオスを見つけました。すこしずんぐりむっくりに見えますが斜め後ろより望遠で撮ったためです。

ジョウビタキ(尉鶲、常鶲、学名:Phoenicurus auroreus )は、スズメ目・ツグミ科(ヒタキ科)に分類される小鳥。日本では冬によく見られる渡り鳥である。

体長は13.5-15.5cm、体重13-20g。スズメよりわずかに小さい。オスは頭上が白く、目の周りが黒いのが特徴である。メスは頭が淡褐色でオスとは簡単に見分けられる。胸から腹、尾にかけてはオスメスとも橙色をしている。翼は黒褐色だが中ほどに白くて細長い斑点があり、ここで近縁種と区別することができる。

平地からの低山の明るく開けた林の中に生息する。冬の日本では人里や都市部の公園などでもよく見られ、身近な冬鳥の一つである。非繁殖期は縄張りを作って同種を排斥する習性があり、異性個体や鏡に映った自分の姿にも攻撃を加えるほどである。しかし人間に対する警戒心はわりと薄く、3m-4mくらいの所に降り立つこともある。

昆虫類やクモ類などを捕食するが、冬には木の実もよく食べ、ヒサカキなど実をつけた木によく止まっている。

樹洞、崖のくぼみなどに枯葉や苔を使って皿状の巣を作る。5-7個の卵を産み、主に雌が抱卵する。

地鳴きは自転車のブレーキ音を短くしたような声で、「ヒッ」や「キッ」と聞こえる甲高い声と軽い打撃音のような「カッ」という声を組み合わせた特徴的なものである。「ヒッ」の声はかなり遠くまで届く。早朝にも鳴くことが多く、2度「キッ、キッ」、続いて打撃音の「カッ、カッ」がくる。この打撃音が、火を焚くときの火打ち石を打ち合わせる音に似ていることから、「火焚き(ヒタキ)」の名が付いたとされる。(Wikipediaより)
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椿の蕾

今日は二十四節気の大寒ですね。志高の椿の園の椿の花も蕾が暖かくなる日を今か今かと待っています。たくさんの蕾が膨らんでいます。年末からの寒波が去れば一気に花開きそうです。

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雪の昭和天皇植樹記念碑

ミレニアムの年西暦2000年4月23日(日)第51回全国植樹祭が大分県民の森・平成森林公園にて天皇・皇后両陛下をお迎えし開催されました。それを遡ること42年前の昭和33年4月8日に志高湖畔を会場として、昭和天皇・皇后両陛下をお迎えし全国から約5000人が参加して第9回全国植樹祭(当時は植樹行事並びに国土緑化大会と呼んでいた)が開催されました。
昭和天皇・皇后両陛下は日田杉の苗を三本づつ森の字型(三角形)にお手植えされました。この事を記念して志高湖畔に石碑が建てられています。記念碑の裏側にその時の事が彫り込まれています。立派な石碑です。ぜひ御覧になってください。
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背面です。その碑文は

昭和三十三年四月八日、秀峰由布の影映す志高湖畔、陽光ふり灌ぐこの丘に天皇 皇后両陛下の行幸啓を仰ぎ、国土緑化推進委員会及九州七県共催によって第九回植樹行事並びに国土緑化大会が開催された、この日全国より集まる代表五千余名、県内外の奉迎者数万余、天皇陛下には県下の植林について、大分県緑化推進委員会委員長岩崎貢氏に激励の御言葉を賜わり、大分県知事木下郁氏の御先導により、この地に臨御あそばされ参会者と共に  御自から鍬をとられ、郷土の杉苗三本をそれぞれ森の字形に象ってお手植あそばされた。想うに、植林は国土を潤おし 民心を養う大本であって、樹あるところ繁栄あり、緑あるところ平和あり、うるわしい環境と豊かな資源は、民生の安定をもたらし美しく強い民族精神を培う、天皇陛下にはこの挙国植樹行事に際し、愛林の大御心を御製にうつして示され賜う、感銘おくあたわず、かくて千古の水たたえ 万頃の緑そよぐこの秀麗の地に碑を建て御製を刻み、全県民の感激と欽仰の念を永く後世に伝えるものである

昭和三十六年四月八日    国土緑化推進委員会副委員長  村上 龍太郎撰

雪の中だと、荘厳に感じられます。

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ホトケノザ

すごい花です。この寒波の中でも咲いている花があります。二、三日前は雪でおおわれていた所です。ホトケノザの花です。春の七草の一つのホトケノザとは違います。春の七草の一つのホトケノザは本種のことではなく、標準和名をコオニタビラコというキク科の草です。ところがこのためにこの種を七草のホトケノザであると誤解されている場合があります。本種は食用ではないため、注意が必要です。

ホトケノザ(仏の座 )とは、シソ科オドリコソウ属の一年草あるいは越年草です。別名、サンガイグサ(三階草)とも言います。志高の丘の所です。

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万葉歌碑

大将軍山の100段の階段を登っていったところにあります万葉歌碑は市制30周年を記念して昭和28年10月に建立されました。が月日が経ち台座の傷みが激しくなった為、
平成17年6月に今の姿に修復されました。石碑に彫られています万葉歌は次の歌です。

をとめらがはなりの髪を木綿の山

     雲なたなびき家のあたりみむ

―読人知らずー

これは種類からいくと雑歌の中にあり、旅の歌に属している。「をとめらがはなりの髪」までは、木綿(ゆふ)結(ゆ)ふにかけた序詞である。「はなりの髪」は放ち髪、すなわちパラリとした髪で、大人になると結いあげる習慣のあったことからして、をとめや若妻をさしている。

「雲よどうかたなびかないでおくれ、木綿山が曇ると、なつかしい女人のいる家のあたりが見えなくなるから」という意味である。

別れの時には袖にすがって泣いたであろう初々しい新妻か、可愛い恋人のことを想って、若者は旅先での多少の感傷にひたりながら、由布山をのぞんで、詠ったのであろう。清烈にそびえる由布山に、この歌の持つさわやかな品格がピッタリあって、非常に美しい調べとなっている。(別府市観光課発行「別府の大自然と遊ぼう」より)

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冠雪の由布山を背景に志高の大将軍山の頂の万葉歌碑です。

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寒波 降雪

今冬はよく雪が降ります。15日15時です。志高は吹雪いています。

大学を目指す高校三年生は今日から大学入試センター試験ですね。この雪は今冬一の寒波だそうで、高校三年生にとっては試練ですが、文部科学省もセンター試験の日程を秋に変更すればと思うのですがね。

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豊後富士

豊後富士といわれる由布山が雪を頂き青空を背景に清々しいですね。志高湖では白鳥が鴨を従え悠々と泳いでいます。

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紅梅の蕾

紅梅の蕾の方が膨らんでいました。

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松竹梅の「梅」

松竹梅の三番目の「梅」です。志高には梅の木はあちらこちらに植わっています。こちらは国民宿舎跡の付近にあります。毎年きれいな白梅が咲きます。もうつぼみもふくらみかけています。

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松竹梅の「竹」

今日は昨日に続き、松竹梅の「竹」です。志高には真竹や孟宗竹のような大きな竹はありませんが「黒竹」があります。船原山の方に入った所です。

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クロチク(黒竹) は、幹(さお)が黒いので命名されたイネ科マチク属の竹の一種です。ハチク(淡竹)の変種と言われます。さおの色は、春は緑で、秋に黒斑が出始めその後(紫)黒色となり、伐採後も黒い色は変わりません。生垣や鉢植えなどの植栽や釣竿、暖簾の棒、花器やすのこなどの黒竹細工の材料として利用されます。筍としても食べられます。 P1030048

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松竹梅の松

お正月です。御目出度く、今年も志高の松竹梅をご紹介します。まずは松です。背景に由布岳と鶴見岳を従えた黒松です。

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